東光寺は山号を久遠山、院号を不動院といいます。比叡山延暦寺の末寺となっております。開山は室町時代後期、戦国時代の天文13年 (1544) 12月、什仙上人により創建とされています。大井から荏原へ通じる道筋に位置し近くには立会川が流れるこの地は、のどかな風情が漂っていたと伝えられています。また明治維新の神仏分離令以前は、下神明天祖神社の別当をしていたと記録が残っております。境内には地蔵菩薩が多く祀られており、当山は通称「地蔵寺」と親しまれています。
本堂
現在の本堂は江戸時代後期の文化10年 (1813) 2月、圓浄権大僧都により再建されたと伝わっております。四間四方 木造茅葺平屋造りです。幸いにも江戸の大火、震災や戦火を免れて今日に至っております。
昭和初期の本堂
東光寺の宗旨は天台宗です
開祖は伝教大師最澄上人。 本山は比叡山延暦寺です。天台宗は、正式名称を天台法華円宗といいます。法華経を根本経典とした宗旨で、禅や戒律、密教を加えて延暦25年 (806) に開かれました。本山比叡山では、日本仏教の代表的宗派の開祖である道元(曹洞宗)、栄西(臨済宗)、法然(浄土宗)、親鸞(浄土真宗)、一遍(時宗)、日蓮(日蓮宗)など多くの先徳高僧が山内で修行され、日本仏教を今日の隆盛に導かれました。このことから天台宗は日本仏教の母体であって、本山比叡山は日本仏教各宗の母山であると言われています。

一隅を照らす
宗祖・伝教大師最澄上人の教えに『一隅を照らす、これすなわち国宝なり』というお言葉があります。一隅とは、社会の片隅や目立たない場所のことです。つまり、どんな場所でもできることを精一杯やることが、やがて周りを明るくし社会全体を照らす力になるという教えです。
忘己利他
また、『己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり』という教えがあります。自己の損得や我欲を忘れ、まず他者のために尽くすこと、そしてそこに真の慈悲と幸せがあるとする仏教の基本精神を表しています。仏教の本旨はこの世の中に無くてはならない人間になることであり、他人の為に仕事をする人になること。すなわち、己を忘れて他人の為になることこそ慈悲の極みであり、仏教の本旨であると教えられました。


